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映画「オデッセイ」の分かりにくい場面を解説します

  最終更新日:2016/11/23

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映画「オデッセイ」解説

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探査機と宇宙船

パスファインダー

 マーズ・パスファインダー、NASAが実際に行った無人火星探査計画です。1997年7月に火星に着陸し、故障するまでの約3ヶ月間観測を行いました。映画では、三角形の太陽電池パネルを備えた探査機本体とソジャーナ・ローバーが登場しました。映画の後半でハブの中をぐるぐると動いていたのがソジャーナ・ローバーです。

 四面体のエアバッグに覆われた着陸機が、バウンドして着陸するイメージ映像(上の動画)をご覧になった方も多くいるのではないでしょうか。火星にかつて水が存在したことを確認したことでも有名です。

 NASAは火星有人探査の目標達成を2030年代としています。あくまで私の推測ですが、「オデッセイ」の世界は2040年前後と思われます。従って、パスファインダーは約40年間も砂に埋もれていたのではないでしょうか。将来的に本当にパスファインダーが回収され、実際に修理可能かどうか確認してみて欲しいところです。

ヘルメスと残酷な話

 ヘルメスは地球から火星へ往復するための宇宙船です。原作では原子炉を動力源として備えている事は分かりましたが、それ以外はほとんど不明でした。この船に関しては映画のほうが形状や内部の詳細が分かって良かったです。遠心力で擬似的に重力を作り、スポーツジムまで備えているのには驚きました。なお、ヘルメスの白い内装は「2001年宇宙の旅」に対するリスペクトです。

 リッチ・パーネル・マヌーバによってヘルメスは火星へ戻りますが、この時に原作では残酷な話がありました。NASAからの秘密メッセージによりヘルメスのクルーは独断でコースを変更します。しかし、この時点では彼らは確実に死んでしまいます。なぜなら、再び地球に戻ってくるまでの食料が足りないからです。結局、中国の船、タイヤン・シェンによりサプライ(供給品)が届けられたため、旅を続けることができました。もしサプライを受け取れなかったら、ヨハンセン以外の4人のクルーは自殺することになっていました。足りない食糧を補うために……。えぐいですね。

 映画でもヨハンセンがこの件で不安を抱えている様子が見られます。タイヤン・シェンからのサプライを受け取る様子をヘルメスの船内から見つめるヨハンセンの姿があります。映画予告動画の2分14秒付近がそのシーンです。

アイリスと打ち上げ失敗

 ワトニーに食料を届けるために作られたロケットがアイリスです。じゃがいも畑のおかげで当初はソル900までに火星に食料を届ければ良い計画でした(ソル858に到着の計画)。しかし、ハブのエアロック事故により食料はソル584までしか持たない事が分かりました。

 エアロック事故が発生したのはソル122です。この時、地球と火星の位置関係が悪く、火星まで414日(約404ソル)かかる計算でした。つまり、残り60日あまりで食料を届ける宇宙船を打ち上げないといけません。

 そこで、来月に打ち上げ予定だったイーグルアイ3サターン・ロケットの大型ブースターを転用することになります。当初は通信システムなどの機材も送る予定でしたが、送るのは食料のみになりました(食料のみとなったのは、重量バランスの計算の簡素化などが要因と考えられます)。

 アイリスは結局打ち上げに失敗してしまいます。原因説明を映画ではひと言の説明で済まされましたが、原作では打ち上げ時に次の様な事が起こっていました。

 アイリスは無人ミッションだったため、かかる加速度に制限がありませんでした。NASAでは縦方向の加速度の影響はテストしていたものの、横方向の振動の影響は時間不足で考慮していませんでした。横振動により、キューブ状の食料が液状化してヘドロ状に変化、コンテナ内の端に押し寄せます。しかし、第1ステージのエンジン点火が終了し、ヘドロ状の食料が一瞬浮かび上がります。次に第2ステージの点火により300キロの食料がコンテナの端に叩きつけられます。固定されている積み荷であれば衝撃に耐えられました。この時の衝撃が致命傷となり、アイリス本体を固定していたボルトが破砕、支持台から滑り落ちて船殻に激突しました。これにより制御を失い打ち上げに失敗したのです。

太陽神と中国が得たもの

 アイリスの打ち上げ失敗により、NASAはワトニーを助ける手段を失ってしまいました。そこで手を差し伸べたのが中国です。中国は火星に到達可能なブースターを持っており、太陽神(タイヤン・シェン)を近々打ち上げ予定でした。タイヤン・シェンは太陽探査機を打ち上げるためのロケットです。

 リッチ・パーネル・マヌーバを行う前の計画では、クラッシュ・ランダー(激突型着陸機)と呼ばれる着陸システムを省略する方法でワトニーに食料を届ける予定でした。原作では成功率は30パーセントだろうと言われていました。実際の火星無人探査計画も成功率は3分の1程度なので、妥当な確率と思われます。それと比較して、有人で行うリッチ・パーネル・マヌーバのほうが柔軟性があって成功率が高かったのです。

 映画では、中国が自国のロケット打ち上げをキャンセルしてまで米国の手助けをした理由が明確に描かれていませんでした。中国が見返りに要求したのはアレス5のメンバーに中国人を加える事でした(アレス4のメンバーは決定済みだったためアレス5で要求)。エピローグのアレス5の打ち上げ時にマルティネスの隣に座っていたのが中国人のクルーです。これは原作を読んでいないと気づきにくい点だと思います。また、アレス4のミッションが描かれずにアレス5がエピローグで出てくるのは、時間経過を感じさせる事が主な理由で、中国の要求に応えた事を見せるのも理由の1つだと思われます。

 「米国を助けるのがなぜ中国なのか?」と言う意見もあるかと思います。宇宙開発と言えば日本やロシアもあるだろうと。しかし、日本やロシアが助けたところでストーリーに意外性はありません。あの中国が助けることで意外性が生まれるのです。2013年、中国は嫦娥3号と言う月面探査機を月に送り込んでいます。宇宙開発でも技術力を高めているようです。そのため、あながち荒唐無稽な話とも言えません。

火星の滞在日数

 リッチ・パーネル・マヌーバでヘルメスが火星に最接近したのは549ソルでした。地球の日数に直すと約563日なので、約1年半もの間、ワトニーは火星にいたことになります。

 想像してみてください、1年半も人っ子一人いない惑星で誰とも会話すらできない状況を。映画でワトニーは泣いていましたが、原作では特に感情をふるわせるような会話はありませんでした。あの場面は原作を越えている場面だと思います。

 ワトニーが火星を離れる直前に裸が映るシーンがありました。極端にやせているのはカロリー摂取が不十分なためと思われます。また、肌の状態がひどかったのは、シャワーを長期間浴びていない影響、ビタミンC不足による壊血病の疑いがあります。ただし、原作では総合ビタミン剤が4年分以上ある設定だったので、ビタミン不足による影響として描かれたかどうかは本当のところ良く分かりません。

クライマックスシーン

 アレス4のMAVを打ち上げ、ワトニーをヘルメスのクルーが救出するラストのクライマックスシーンが原作とはかなり違いました。

 映画では船長のルイスが「これ以上クルーを危険にさらす訳に行かない」と言って、ベックを差し置いて自分がワトニーの救出に向かいます。しかし、テザー(ひも)の長さが足りずにルイスはワトニーのいる場所までたどり着けません。結局、ワトニーが宇宙服に穴を開け、穴から抜け出る空気をスラスター(推進システム)代わりにしてルイスの元に向かい、ワトニーは救出されます。

 原作ではルイスがでしゃばる事はありません。映画「アポロ13」を見れば分かりますが、NASAの宇宙飛行士は各々何らかの技術のエキスパートです。ベックは船外活動のエキスパートだと思われます。従って、ルイスが彼の仕事を奪うほうがワトニー救助の成功率を下げる訳です。原作では救出のための訓練も行っていますから、おかしな話です。これは、ルイス役のジェシカ・チャステインに焦点を当てるための変更と思われます。

 また、ワトニーがアイアンマンになることもありません。原作でもワトニーがルイスにアイアンマンの提案をするので、それをそのまま映画で採用したようです。確かに映像としてはそのほうが面白いです。しかし、実際にやると制御しきれなくて失敗する可能性のほうが高いと思われます。そもそも、あんな簡単に宇宙服に穴が開いては危険です。原作ではテザーの長さが足りるので、ワトニーはMAVの席に着いた状態で救出されます。

 原作はワトニー救出の時点で終了です。アレス5打ち上げのエピローグは映画独自のものでした。映画のエピローグはとても良かったですが、それでも原作の最後の一文のほうが私は感動しました。原作の最後の箇所だけでも読むことをおすすめします。