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映画「オデッセイ」の分かりにくい場面を解説します

  最終更新日:2018/08/19

映画「オデッセイ」解説

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火星との通信時間

地球と火星の距離

地球と火星の距離

 地球と火星の距離は、最も近い時でも約5,800万キロもあります。これは、地球と月との距離の約150倍です。最も遠い時は約4億キロにもなります。

 通信時間は片道最短4分、最大20分のようです(英語のサイトも検索してみたものの最大値に関しては正確な裏付け取れず)。ワトニーがパスファインダーで地球と通信を開始した時は、往復22分かかりました。

 映画のラスト、ヘルメスクルーとワトニーの通信をNASAでも受信していました。あたかもリアルタイムであるかのような描かれ方でしたが、あの場面は火星からの電波を地球で受信するまでに10分以上はかかっているものと考えられます。

 このように宇宙空間での通信には時間がかかるため、地球からリアルタイムで双方向通信している様子は、ヘルメスが地球軌道上に来た時しか描かれていません(クルーが家族と会話する場面のみ)。

消えたおっぱいジョーク

 ワトニーが地球とチャットできるようになった時、「君が打ち込んだ内容は全世界に流れているから発言には気を付けて欲しい」とNASAのビンセント・カプーアが返したことを憶えているでしょうか?

 この後、ワトニーが何か打ち込んで、NASAの職員達が「やめてくれよ」と言う感じでため息をついていました。彼が何を打ち込んだのか、映画では表示されませんでした。

 原作ではこんな内容を書いていました。馬鹿ですが私は好きです。

“WATNEY: Look! A pair of boobs! -> (.Y.).”
“ワトニー:見て見て!おっぱい! -> (.Y.) ”

 脚本家のインタビュー記事を見つけましたが、この件に関しては歯切れの悪い回答しかありませんでした。

 どうやら、アレス3のクルーに自分の生存を伝えていない事をワトニーが知って、彼が動揺していることを強調したかったようです。おそらく、女性に不快感を与えないためなどの理由もあるのでしょう。しかし、結果としては変なシーンになった気がします。

 映画ではこの件をNASAの長官が大統領に謝罪していますが、笑って許してくれるぐらいの度量があっても良いのにと思いました。

ローバー(探査車)

 ローバーの形状が原作と映画では異なります。映画では、運転席と荷台がむき出しの6輪トラックのような形状でした。原作では詳細な説明がありませんが、後方にエアロックと与圧室がある細長い形状のようです。

 私のイメージではカミオントラックのような形です(ダカール・ラリーなどで有名)。ただし、出入り口は後方のエアロックのみで、運転席に出入り口はないと思われます。

 映画ではクレーンを備えていましたが、原作ではその様なものはありません。そのため、パスファインダーを載せる時は、古代エジプト人がピラミッドを作った時のように岩と砂で斜路を作り移動させています。

最初の移動

 パスファインダーを探すため、ローバーに載せたものは、水や食料の他に太陽電池パネル、酸素タンク、RTG(放射性同位体熱電気転換器)です。

 RTGは文字通り放射性同位体が封入されています。同位体にはいくつか種類がありますが、本作ではプルトニウム238が選ばれています。これは放射性崩壊によって常に発熱している箱です。宇宙探査機のパイオニアやボイジャーなどの発電機としても利用されています。

 同位体はペレット状(小さなかたまり)になっており、外側の容器が壊れても放射線が漏れることはないそうです。本作ではMAVが燃料を作るための発電機として使用されていました。これをワトニーが回収し、ヒーターの代わりにして電気使用量を抑えたわけです。

 パスファインダー探索時に映画では描かれなかった問題があります。じゃがいも畑です。

 植物の成長には二酸化炭素が必要です。ハブで二酸化炭素を放出しているのはワトニーです。彼が長期間ハブから離れると二酸化炭素がなくなってしまいます。

 そのため、ハブを離れる前に大量の水と二酸化炭素を放出してから彼は出発しました(この時に放出した二酸化炭素は、MAVの燃料プラントで火星大気から作った液体二酸化炭素です)。

アレス4に向けて移動

 ハブからパスファインダーまでの往復は23ソルかかりました。往復約1500キロメートルでした。アレス4のMAVまでは約3200キロメートルです。50ソル程度かかる計算です。

 アレス4に到着した後のことまで考えると、前回のように水と酸素タンクだけと言う訳にはいきません。空気調整器、酸素供給器、水再生器が必要になります。

 原作ではこれらを”ビッグ・スリー”と呼んでいました。映画でローバーの運転席の屋根に穴を開けていた理由は、このビッグ・スリーを積むためでした。

 この説明だけだと意味が分からないと思います。このビッグ・スリーは大きいのでローバーの外殻に穴を開けないと積めません。原作ではローバーを2台連結し、後ろのほうをトレーラーにしていました。

 そして、トレーラー部分の屋根に全長11.4メートルもの穴を開けたのです。しかし、映画のローバーで空気を与圧している部分は運転席だけです。運転席にビッグ・スリーを置くスペースがありましたっけ?どう見てもありません。

 あの穴を開けるシーンは原作に沿っていることを見せるためだけのシーンで、映画では意味不明なものになってしまいました。なお、原作ではビッグ・スリーの電力消費を抑えるための改造も行っています。

 映画では運転席の上が風船のように膨らんでいましたが、原作でもハブのキャンバス地の布をゆるくかけて密閉していたので、それが膨らんだものと思われます。しかし、あんなに風船のように強調する必要はなかったのではないかと思いました。

経路選択の方法

火星地図

火星地図

 ここでようやく火星の地図の登場です。この地図はNASAの“Mars Trek – Nasa”から引用したものです。メルカトル図法の衛星写真です。赤線で囲んだ部分が映画で登場した範囲です。

映画「オデッセイ」範囲地図

映画「オデッセイ」範囲地図

 上の画像が映画で登場した範囲の地図です。青線はアレス3からアレス4までローバーで通った経路です。原作の記述とNASAの地図を見比べて、私の想像も加えて描きました。そのため、あくまで参考と考えて下さい。2016年3月5日追記:Google Mapに描いた経路を見つけたので、そちらを参考に経路を描き直しました。赤線はパスファインダーまでの経路です。

 アレス3からパスファインダーまでが約750キロ、アレス4までが約3200キロになります。なお、アレス4には途中遠回りして向かったため、4000キロ近くかかっていると思われます。

 さて、ワトニーはどうやってこのような経路を選択したと思いますか?原作では直径50キロのクレーターを見分けられる程度の地図(衛星写真)しか持っていません。映画では衛星写真ではなく、簡易的な白黒の地図でした。GPSのような便利なものはありません。また、火星には磁場がないのでコンパスは意味がありません。

 パスファインダーへの移動は火星の衛星フォボスの動きで東西の向きの見当をつけていました。この時は目印となるランドマーク(谷やクレーター)が多く、少しの苦労で経路を見つけることができました。

 アレス4への移動では自作した六分儀を使って星(デネブ)を元に現在位置を割り出していました。映画を見た人はここで疑問に思うでしょう。地球からの支援があれば六分儀なんて必要ないだろうと。

 原作では、ローバーを改造する際にパスファインダーが故障して地球と通信できなくなっています。せっかく地球と連絡が取れたのに、再び孤独になってしまったのです。そのため、ローバーとビッグ・スリーの改造はNASAの指導無しで行っています。

 再び地球と連絡が取れたのはアレス4に到着してからです。本作を”火星DASH村”と呼ぶ声もあるようですが、原作を読んでいるととてもじゃないですがそうは思えません。

 死と隣り合わせの状況で絶望と孤独に耐えて、それでもポジティブに立ち向かうのは想像を絶します。アレス4のMAVを打ち上げる際にワトニーは泣いていましたが、あれが彼の本当の姿だと私は思います。

 アレス4までの道のりも大変なエピソード(巨大砂嵐による太陽電池充電量低下やローバー転倒)がありました。当初の脚本では原作通りだったそうですが、上映時間が4時間を超えると言うことでカットされてしまいました。非常に残念です。可能なら本作を1クールぐらいのテレビドラマでみたいものです。それぐらいのボリュームはあります。