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映画『こんな夜更けにバナナかよ』と原案のノンフィクション本の感想

  最終更新日:2019/01/16

こんな夜更けにバナナかよ

 映画『こんな夜更けにバナナかよ』を観に行きました。映画を観終わった直後から原案のノンフィクション本を読みました。この記事は、映画と原案本の感想をまとめたものです。

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映画の感想

 映画は非常に面白かったです。10点満点で8点です。生き方に迷っている人にぜひ見てもらいたい作品だと思いました。

 病気が関係する映画はお涙頂戴の「感動の実話」として描かれることが多いですが、笑える部分も多く、ほとんど悲壮感を感じさせないストーリーが良かったです。障害者や介護に対して考えさせられる作品でした(”障がい者”と書いたほうが良いかもしれませんが、原案本にならい本記事でも”障害者”と記述することにします)。

 大泉洋演じる鹿野靖明さんがわがままな障害者と見えてしまった人もいるかもしれませんが、実際に鹿野さんのボランティア(鹿野ボラ)をしていた人達には違って見えていたようです。

 映画パンフレットのインタビュー記事において、大泉洋はこんな事を語っています。

実は撮影初日に、鹿野ボラだった方にお会いして「鹿野さんは別にわがままじゃなかったですよ」と言われ、「え?それじゃあ映画にならないんだけど」と思いました(笑)。鹿野さんは”普通に生きたかっただけ”なんですね。

 とは言え、映画タイトルにもなっているバナナのエピソード、わがままと言うか、ボランティアに対する遠慮が全くないですよね。映画でも強烈なエピソードですが、原案本によると実際にはもっとびっくりするものでした。

 あのエピソードは、人工呼吸器を付けた入院中の話で、鹿野さんはバナナを1本食べた後、更にもう1本要求したそうです。この時対応されたボランティアの方は、ただでさえ眠くて怒っていたのに、もう1本要求されたことで怒りが急速に冷え、この人の言うことは何でも聞いてやろうと言う気持ちになったそうです。

 鹿野さんを演じる大泉洋は配役がぴったりでした。北海道出身で不思議な魅力のある人で大泉洋以外に鹿野さんを演じることはできなかったでしょう。演技だけでなく、この役のために最終的に10kgも痩せたのも、より現実味を増していたように思います。

 鹿野さんが中心の映画ですが、高畑充希演じる安堂美咲が映画の中では一番光っていたように思います。嫌々ボランティアをやっていた美咲が鹿野に対して心を開き、変化していく様子が分かりやすかったです。

 逆に医学生の田中久役の三浦春馬の葛藤が分かりにくかったです。美咲との関係に悩むのは分かるのですが、医者になるのを悩む描写が分かりにくかったかなと思います。

 母親役の綾戸智恵は、はまり役でしたが、ご両親が鹿野さんの介助をボランティアに丸投げの様に描いているように見えたのは変に思いました。原案本によると、週5回は鹿野さんの家を訪れています。人工呼吸器を付けた後の半年の入院期間、お母さんは過労で2回も倒れたそうです。

 映画パンフレットの監督のインタビュー記事によると、親に頼らず生きることで母親に自分の人生を生きてほしいと言う思いを物語の1つの軸にしたそうです。

 それはそれで理解できるのですが、原案本を読むと、むしろ「施設を飛び出して自由に生きたい」という思いのほうが強かったのではないかと思いました。

 映画全体としての感想は、障害者と介助する人がどう向き合うのかを考えさせられ、鹿野さん、美咲、田中久の三角関係でうまくまとめられており、非常に良かったと思います。

 ただし、最後が7年後という形でまとめてしまったのは、ありきたりな結末だったかなと思います。個人的には死の間際の描写があっても良かったのではないかと思いました。

原案のノンフィクション本の感想

 渡辺一史著の『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』を読んだ感想です。

 本の内容は、鹿野さんの死の約2年半前から取材を開始した著者が、鹿野ボラのインタビュー、鹿野さんの生い立ち、当時の北海道の障害者運動などをまとめたものです。

 読んで最初に分かったのは、映画の副題が”愛しき実話”となっていますが、事実をそのまま映画にした訳ではなかったことです。鹿野さんとご両親以外の登場人物は、実在の人物をモデルに創作されたキャラクターです。

 とは言え、鹿野さんの多くのセリフ、病状の経過、映画に登場したエピソードの多くは、原案のノンフィクション本を元にしています。脚色されているとは言え、おおむね事実に即した内容と言えるでしょう。

 自立生活を鹿野さんが始めた理由は、映画では同じ筋ジストロフィー患者のエド・ロングに影響を受けたことぐらいしか分かりませんでした。

 生い立ちを読むと、子供時代のお化け屋敷のような病院での生活、いつの間にか亡くなって病室からいなくなる同世代の子どもたち、養護学校卒業後に経理として就職するも低賃金で自立するには程遠く、障害者枠から正式に職員として採用される見込みは薄く、会社の寮は起床、消灯時間、門限を決められた病院とあまり変わりない生活……。

 その後、就職後に出会った友人の影響、障害者運動への参加などを経験し、最終的にエド・ロングの語る障害者の自立観に感銘を受け、自立生活を始めようと思い立ったそうです。

 ここで言う「障害者の自立観」とは、自分ひとりで何でもやることではなく、誰かに助けてもらいながら自分が決定権を持って生きると言うことです。まさに映画で見た鹿野さんの生き方ですね。

 そもそも、当時は入院している障害者が外に出て自立生活をしたいと願っても、わがままとしか見なされない時代です。それを実行してしまったのは驚きでしかありません。

 鹿野さんとボランティアとの関係性も非常に興味深かったです。ボランティアが長続きした人の多くは、鹿野さんと対等に向き合った人ばかりでした。

 鹿野さんに対して「世話をしてやっている」と下に見る人、逆に鹿野さんを尊敬して上に見る人とは長続きしていません。上下関係を作ってしまった人とはうまく行かなかったようです。長続きした人は、ひとことで書くと鹿野さんとケンカができる人だったのかなと思います。

 一見するとわがままに見えてしまう様子も、短時間で対等な関係を築くのに役立っていたのではないかと想像します。日本人特有の「察してほしい」と思わせぶりな態度だけでは、ボランティアもどう対応していいか迷ったことでしょう。

 当時、人工呼吸器の痰吸引は医療関係者以外には家族しか行えませんでしたが、鹿野さんがボランティアの人達を「家族だ」と言ったのも、そう言う関係性を築けていたからなのでしょう。

 本書は鹿野さんが亡くなる前に出版する予定が、お葬式まで立ち会うことになります。そのため、鹿野さんの死の間際の状況も描かれています。以下に簡潔にまとめます。

 心室細動で意識不明で病院に搬送された後、鹿野さんは意識を取り戻します。その時に「もう大丈夫だから」とご両親とボランティア全員を帰宅させてしまいます。残ったのはその日泊まりの在宅介護支援サービスの女性1人だけでした。その女性に対しても「寝なさい」としきりに言っていたそうです。

 おそらく自分の死期を悟ってのことだったのでしょう。その日の夜中に心停止し、帰らぬ人となってしまいました。もし亡くなったのが自宅だったら、ボランティアの責任問題になった可能性もあります。病院で亡くなったことは、誰にも責任を負わせたくない鹿野さんの意思だったのかもしれません。

 「じつに鹿野らしい死にざまだったのではないか」と著者は書いていますが、本当に最期まで自分の意思をつらぬいた生き方だったと思います。

 ボランティアの中には介護の道に進んだ方も多く、医学部に入り直して医者になった方もおられます。本当に多くの方に影響を与えていますし、今回映画になったことでこれららも多くの影響を与え続けることでしょう。

 本書には、ここまでの感想で書かなかった鹿野さんの結婚生活、人工呼吸器を付けた後の恋人の話、鹿野さんが亡くなった後のお母さんと鹿野ボラの人達との交流など、映画では描かれていない部分も多くあります。

 興味を持たれた方はぜひ本書を手にとって見て下さい。きっと後悔はしないはずです。

パンフレット

こんな夜更けにバナナかよ パンフレット

こんな夜更けにバナナかよ パンフレット

 価格は税込み820円、B5サイズ(182×257mm)です。40ページ、約3分の2がカラーページです。

 購入前は全く期待していなかったのですが、内容は以下のように盛りだくさんです。絶対に買って損はないです。

  • イントロダクション
  • ストーリー
  • キャラクター相関図
  • 大泉洋インタビュー(鹿野 靖明役)
  • 高畑充希インタビュー(安堂 美咲役)
  • 三浦春馬インタビュー(田中 久役)
  • キャスト紹介
  • 映画化に寄せて 駅にエレベーターがあるのはなぜ?(原案本 著者:渡辺一史)
  • コラム 元ボランティアが語る生前の鹿野靖明(鹿ボラ:俵山政人)
  • 鹿野靖明 本人年表
  • コラム 筋ジストロフィーとはどのような疾患なのか?(医療監修:土畠智幸)
  • 土畠智幸(医療監修)の撮影メモ
  • コラム 90年代と現在の介助体制の違い(介助指導:淺野目祥子)
  • インタビュー 監督 前田哲
  • 特別鼎談 前田哲(監督)×綾戸智恵(鹿野光枝 役)×石塚慶生(プロデューサー)
  • プロダクションノート 「鹿野靖明」を描くべき時が来た - 映画化に至る背景
  • スタッフ紹介
  • 主題歌 「フラワー」ポルノグラフィティ 紹介
  • 美術設定紹介
  • デートの誘いに公衆電話かよ ~本作に登場する懐かしの90年台カルチャー~
  • ロケーションマップ

 映画の内容だけでなく、鹿野さんご本人のこと、ボランティア、当時の様々な様子など、かなり読み応えのあるパンフレットでした。今まで購入したパンフレットの中ではいちばん満足度が高かったです。

 原案のノンフィクション本は500ページ以上あるので、手っ取り早く映画のこと、鹿野さんのことを知りたい人は買いましょう。

 まあ、私は「『こんな夜更けにバナナかよ』のパンフレットを下さい」とうまく口が回らず、少し買うときに苦労しましたが……。