ジェフ・ヴァンダミア著『全滅領域』『監視機構』『世界受容』の読書感想と映画化情報
最終更新日:2018/04/02
ジェフ・ヴァンダミア原作の『全滅領域』がナタリー・ポートマン主演で2018年2月23日に北米で映画公開されます。その予告を見て、これは面白そうだと思い、原作のサザーン・リーチ三部作を読んでみました。この記事はその感想と映画化の情報についてまとめたものです。
登場人物やあらすじ等には触れますが、致命的なネタバレはありません。
なお、映画の感想は以下の記事にまとめています。
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映画予告と原作のあらすじ
まずは上の映画の予告編をご覧下さい。映画の『全滅領域』と原作小説では内容が多少異なるのですが、この記事では原作の一部を紹介します。
<エリアX>は約30年前に突如出現した。元の住人は全滅し、生態系が異常に変化していることが確認されている。<エリアX>に入る方法はその境界に偶然見つかった入り口からのみである。監視機構<サザーン・リーチ>が数々の調査隊を送り込むも、いまだ断片的な情報しか得られていない。
監視機構は第11次調査隊を送り込むが、約1年後に全隊員が<エリアX>の外部で発見される。しかし、どの隊員もどうやって<エリアX>から脱出したか分からず、<エリアX>での記憶も曖昧だった。
生物学者は<エリアX>に入ったはずの夫が何の前触れもなく家のキッチンに居ることに気付く。何が起こったか知ろうとするも、以前の快活な夫ではなく抜け殻のようになった夫に思い悩む。半年後、夫を含む全隊員は全身癌に侵され死亡する。夫の中に<エリアX>を見出した生物学者は、女性のみで構成される第12次調査隊へと自ら志願する。
なお、1作目の『全滅領域』では説明がありませんが、2作目の『監視機構』によると<エリアX>の境界に触れるといかなる物も消滅します。境界は成層圏から岩流圏の上(少なくとも地下100km)まで及ぶとされています。また、映画の予告編では境界がしっかり見えていましたが、入り口以外の境界は目に見えません。
『全滅領域』の主人公は「生物学者」です。原作では名前が出てきません。個人的な要素を<エリアX>の外に置くように指示され、隊員同士で名前を呼ぶことを避けているためです。
装備も<エリアX>に影響を与えないため、最新機器の持ち込みは禁止され、携帯電話等の通信機器もありません。原作で説明があったか憶えていませんが、<エリアX>出現後に作られたものの持ち込みを避けているようです。
なお、ここまで原作を元に書いていますが、映画では第11次調査隊で生物学者の夫が瀕死の状態で<エリアX>から脱出し、夫を助けるために生物学者は調査隊に志願するようです(治療法の調査のため?)。物語の発端部分がかなり異なります。
日本での映画公開は?
映画は北米で2018年2月23日に公開されます。この記事を投稿した時点で日本公開は決まっていません。
映画はスカイダンス・メディアが製作し、パラマウント・ピクチャーズが配給の予定でした。しかし、テストフィルムを見たスカイダンスのCEOが、「あまりに知的」で「複雑過ぎる」ので主人公の性格をより同情的にし、エンディングも変更するようにと要求しました。その要求をプロデューサーは拒否し、その後の交渉の結果、パラマウントは北米と中国の映画配給権のみ取得し、映画公開から17日後にNetflixで配信することが決定しました(海外記事参照:‘Annihilation’: Behind-the-Scenes of a Producer Clash and That Netflix Deal (Exclusive))。
と言うことは、日本でも3月中にNetflixで公開される可能性が高そうです。もしそうならば、吹き替えがあるかどうか気になる所です。
しかし、やはりと言うべきか監督のアレックス・ガーランドは一部の地域でしか映画館で観られない事に失望しているようです(海外記事参照:Alex Garland on the Surreal Originality of ‘Annihilation’, Book Changes, and Netflix Distribution)。
ちなみに、サザーン・リーチ三部作は8ヶ月の短期間で次々に刊行されました。これは編集者がNetflixの手法(おそらく一挙配信)から着想を得たものです(海外記事参照:The boundary-pushing fiction of Sean McDonald and his new FSG imprint, MCD)。結果としてNetflixで映像化作品が配信されることになった訳で、ある意味皮肉と言えます。
2018年3月2日追記)
2018年3月12日に日本のNetflixでも配信されることが決定しました。予告編を以下のページから見ることができます。日本語の吹き替えにも対応しているのが嬉しいです。
原作の感想
原作の3部作はSF小説好きならおすすめの内容です。
1作目の『全滅領域』では生物学者の一人称視点で語られ、<エリアX>のほんの一部だけが明かされます。
2作目の『監視機構』では監視機構<サザーン・リーチ>の新局長の三人称視点で描かれます。<エリアX>の調査開始時からの歴史も含め、<エリアX>の調査が混迷を極めている事が分かります。
3作目の『世界受容』では4人の群像劇によって<エリアX>出現直前から現在までが描かれます。特筆すべきは、登場人物4人の視点が一人称、三人称、更には二人称によって描かれる点です。二人称視点はあまりお目にかかる機会は無いと思います。
同じ作品でこれだけ視点を変えて描かれることはまずないので、<エリアX>を様々な視点で照らし、明らかにする意図が感じられます。また、様々な視点の描写により、その人の立場や考え方が分かり面白く感じました。
また、『監視機構』を読むと『全滅領域』を読み返したくなる驚きがあり、『世界受容』を読むと前2作を読み返したくなる内容で、最後まで飽きることなく読むことが出来ました。
『全滅領域』ではあまり感じられませんが、3作目の『世界受容』ではクトゥルフ神話の様な得体の知れない不気味な雰囲気を感じられます。クトゥルフ神話好きな人にもおすすめです。
しかし、3作全てを読んでも<エリアX>の全ては解明されません。<エリアX>が出現した経緯と出現後の人間側の行動はほぼ説明されますが、<エリアX>の全貌は明らかになりません。全てが解明されないと気が済まない人に本作は向かないでしょう。ですが、そもそもSF作品で謎が全て解明される作品は多くありません。私が知る限り、謎が気持ち良く解き明かされるのは、ジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』ぐらいでしょうか。
映画に対する期待と不安
映画化は1作目の『全滅領域』の刊行時に決まったため、1作目のみを下敷きにして脚本が作られています。この点に関して不安があります。原作の『全滅領域』では、<エリアX>について詳細が分かっておらず、登場人物の関係性なども明らかになっていないためです。日本語の翻訳本も『全滅領域』が約300ページ、その後の2作はそれぞれ約500ページなので、ページ数的にも少ないです。
てっきり3作全てを映画化するのかと思っていたのですが、現時点で続編の話は出ていないようです。予告編を見ても、原作とは異なる点が多々あるようで、『監視機構』、『世界受容』へと物語を続けられるような構成になっているのか疑問があります。
ただし、監督のアレックス・ガーランドのインタービュー記事を読むと、原作者のジェフ・ヴァンダミアに草案を見てもらい、最終的に原作と8割程度似ているだろうとのことです(2018年3月13日追記:これは私の認識違いでした。8割とは初期の草案と最終脚本の比較の話のようです)。
細かい点を見ると不安要素が多いのですが、予告編の映像と音楽の不気味で謎めいた雰囲気がとても良く、生物学者を演じるナタリー・ポートマンは配役ぴったりなので、今は期待して映画を待ちたいと思います。